仕事選びに悩む学生が多い。
レギュラーマッチングブース説明会の後のアンケートの結果を見てみると、何をしたら良いのか分からない、自分に何が向いているのかが分からない、といった悩みが目立つ。
先日もそういった悩みの求職者の相談を受けた。
仕事選びの定番のアプローチがある。
1.自分を知る
2.業界を知る
3.仕事を知る
そして興味・関心のある業界・業種から自分の持ち味や、能力・適性を発揮できる職種を選択し、応募しましょうというものだ。
だが、これをもう、さんざんやってきても迷いに迷う。自分のしたい事なのか?自分に向いた仕事なのか?と。
中にはせっかく得た内定を蹴って、更にもっと適した仕事があるはずだと就活を継続する人もいる。
そもそもドンピシャな、適職なるものはあるのか?という事なのだが、最近読んだブログの中に共感を覚えたものがあったので紹介しておきたい。
「人生はミスマッチ」 だ。
これは哲学者にして武道家で、神戸女学院大学名誉教授の内田 樹さんのブログに書かれたものだ。
(LINK先を紹介しておきます。http://blog.tatsuru.com/2007/11/06_1021.php)
(LINK先を紹介しておきます。http://blog.tatsuru.com/2007/11/06_1021.php)
先生は大学生のキャリア教育に関しての持論として「人生はミスマッチ」なものなんだが、それでもそこそこ幸せになれる、とおっしゃっている。
以下引用
人生はミスマッチである。
私たちは学校の選択を間違え、就職先を間違え、配偶者の選択を間違う。
それでもけっこう幸福に生きることができる。
チェーホフの『可愛い女』はどんな配偶者とでもそこそこ幸福になることのできる「可愛い女」のキュートな生涯を描いている。
チェーホフが看破したとおり、私たちには誰でもどのような環境でもけっこう楽しく暮らせる能力が備わっているのである。
それでいいじゃないか。
「自分のオリジナルにしてユニークな適性」や、「その適性にジャストフィットした仕事」の探求に時間とエネルギーをすり減らす暇があったら、「どんな仕事でも楽しくこなせて、どんな相手とでも楽しく暮らせる」汎用性の高い能力の開発に資源を投入する方がはるかに有益であると私は思う。
私たちは学校の選択を間違え、就職先を間違え、配偶者の選択を間違う。
それでもけっこう幸福に生きることができる。
チェーホフの『可愛い女』はどんな配偶者とでもそこそこ幸福になることのできる「可愛い女」のキュートな生涯を描いている。
チェーホフが看破したとおり、私たちには誰でもどのような環境でもけっこう楽しく暮らせる能力が備わっているのである。
それでいいじゃないか。
「自分のオリジナルにしてユニークな適性」や、「その適性にジャストフィットした仕事」の探求に時間とエネルギーをすり減らす暇があったら、「どんな仕事でも楽しくこなせて、どんな相手とでも楽しく暮らせる」汎用性の高い能力の開発に資源を投入する方がはるかに有益であると私は思う。
以上引用
確かにそうだな、と思う。
振り返ってみれば自分の選んだ仕事も適性にドンピシャの仕事だったのかというとそうでもない。
初めて就職した会社を選んだ理由は実家から通えて地元では大きな会社だったからで、選んだ職種も本当は機械設計がしたかったのに、残念ながらそれでは受からず、コンピュータ関係の職種であれば採用すると言われたからで、それでもいいかと思って就職した。
コンピュータのコの字も知らなかったが4,5年たってみればちゃんとプログラミングも覚え、人前でシステムのプレゼンをしたりするようになった。結局適性があったかどうかも分からないIT業界に身を置いて40年近く働いたが、その間ハードウエアやソフトウエアの技術的な発展・進歩が目を見張るほど速く、激しく経済環境も変わった。そんな中で歳と共に担当する仕事も変わっていったが、一応そういう環境にも適応できたのだろうか、人並みな(と
自分では思っている)生活を営んできた。リタイヤして再就職した今では好きなことがほどほどにできて結構楽しく暮らせている。
自分だけではなく、周りを見てみれば多かれ少なかれ似たような経験を皆持っていると思う。
自己分析も業界研究も十分したのにまだ迷う人に必要なのは、自分の中のどんなことにでも、どんな状況にも適応できる能力を持っていることを信じて、“決断”することだろうと思う。
絶対にこれだけはダメ・嫌だというものでなければ、勇気を出して一歩踏み出してみて、2,3年頑張ってみるというのはダメだろうか?案外に合った仕事になるかも知れない。
それでいいじゃないか
≪Y.K≫
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