15年前、A君は特別支援学校の先生に連れられて入社面接を受けに来ました。
私は当時、某アパレル会社で障がい者採用を担当しており、A君の面接を行いました。。
初めて会う3人の大人を前に、A君は自分の名前を話すのがやっとでした。
「毎日、何をして遊んでいますか?」
私はA君に尋ねました。
「お兄ちゃんとゲーム….」
「どんなゲームなの?」
「ゲームボーイ…..」
知的障がいがあるA君は、時々お兄ちゃんを負かすほどゲームが上手だ、と嬉しそうに話しました。
「パソコンを使うような仕事はできないと思いますが、力仕事は得意だと思います。」
と、先生がA君のことを話してくれました。
そしてA君は私たちの仲間になりました。
会社への出勤はA君にとって辛い日々でした。
家は出たが電車に乗る前にトイレに入り、そこから出てこなかったり。やっと電車に乗れるようになったと思ったら、今度は降りた駅のトイレにこもったり。会社にたどりついても嫌なことがあると、トイレに隠れてしまったり…
それでも毎日、一人で重い荷物を5階まで運ぶ作業に従事。1か月もすると女性社員から
「若い子が来て助かるわ」と感謝の言葉をもらえるまでになりました。
実は女性社員たちは自分たちが楽をするため、若いA君に段ボールの潰し方を教えたのでした。しかしA君は、まるでお兄ちゃんと「戦いごっこ」をするように、うまく段ボールをやっつけました。
A君の仕事ぶりはほかの社員にも波及し、年配の社員の腰痛の原因だった段ボール整理はA君たちの手であっという間に片付くようになりました。
そんなある日、A君の上司からこんなことを聞きました。
「A君がハンディターミナルに興味があるようです」
ハンディターミナルは在庫管理などに使われる、片手で入力できる小型の機械で、小さな画面とキーボードがついています。
ハンディターミナルを使った仕事は、商品の数量をカウントする単純な繰り返し作業のため、大人にはなかなか辛い仕事です。
私は面接でのやり取りを思い出し、さっそくA君に聞きました。
「ゲームボーイみたいな仕事やってみる?」
画面やボタンを同じ指の動きで繰り返す作業は、A君の得意技。予想は的中し、A君はハンディターミナルの仕事に熱中しました。
あれから7年。
どうしても私はA君に会いたくなり、作業場まで足を運びました。
A君は身長が伸び、重たい荷物運びで鍛えた腕は太くなり、立派な若者に成長していました。
私を見ると恥ずかしそうに近づいてきて、「僕、パソコン使えるねん」。
A君は私をパソコンの前に連れて行き、1枚1枚伝票をめくりながら数字を入力していきました。
ハンディターミナルが使えるようになったA君は、7年の間にエクセルの計算式に数字を入力できるまでに成長していたのです。
帰り道、私は涙が止まりませんでした。トイレに引きこもり出勤すらできなかったA君。
パソコン入力は不可能とまで言われていたのに……。
7年に渡るA君の努力を思う時、私は心に熱いものがこみあげてくるのを感じました。
私は今、就活中の皆さんと相談窓口で向かい合っています。不採用が続き、うちのめされている人。内定を辞退するか悩んでいる人など相談内容はさまざまです。
そんな皆さんに伝えたいのは「誰も皆、大きな可能性を持っている」ということです。
それはA君が、私に気づかせてくれたものと同じものです。
あなたには大きな潜在能力があります。
決して未来への可能性をあきらめないでください。
4月入社まであと一歩。
<N.H>